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水戸地方裁判所日立支部 昭和46年(ワ)7号 判決 1973年11月05日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者が求めた裁判)

一  原告

被告らは連帯して原告に対し金八六万七、五四四円および内金七一万七、五四四円に対する昭和四四年三月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および第一項について仮執行の宣言。

二  被告ら

主文同旨。

(当事者が主張した事実)

第一請求の原因

一  原告は次の交通事故によつて傷害を受けた。

発生時 昭和四四年三月六日

発生地 日立市会瀬町三の二五兎平バス停留所

加害車 普通乗用バス

運転者 被告田村

態様 高萩市から水戸市方面へ向かつて、創価学会団体客をのせてきた加害車が、現場停留所に停車し、所用のため加害車に乗り込んだのち、用事を終えて運転席近くの乗降口から降車しようとした原告が、まだ完全に降車しないうちに被告田村が加害車を発車させたため、原告は路上に転倒して、後頭部、背面等強打による打撲傷を負うた。

二  責任原因

(一) 被告会社は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから自賠法第三条によつて損害賠償の責任がある。

(二) 被告田村は、原告はまだ加害車から降車し終らずに乗降口のステツプに片足を乗せていたのであるから、このような場合、運転者は原告が完全に降車したのを見きわめ車掌の発車合図を確認してから発車し、乗客が転倒するのを防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、原告が降車し終るのをまたずに発車した過失があるから、不法行為者として損害を賠償すべき義務がある。

三  損害

(一) 治療費等 金二万九、五〇〇円

1 治療費 金一万七、五〇〇円

昭和四四年三月六日から昭和四五年六月三〇日までの間、通算八九日、高野療術院に通院治療した費用で、被告会社から支払を受けた分を除いたもの。

2 交通費 金二、〇〇〇円

修井寮前から日立駅経由高野療術院までのバス代、往復一〇〇円の二〇回分。

3 売薬購入代および諸雑費 金一万円

売薬クロレラ一箱一、五〇〇円ないし一、八〇〇円のもの七個分など。

(二) 休業損害 金八万九、〇〇〇円

昭和四四年三月一七日から四五年六月末日までの間、八九日間通院し、主婦としての活動を休んだため、一日金一、〇〇〇円として算定。

(三) 逸失利益 金二九万六、三一三円

原告は従来極めて健康的で活動的に仕事をしていたのに受傷後二年近く経過した現在なお頭痛、全身のいたみがあり、物忘れの度が強くなり、これら打撲傷によつて招来した後遺障害に悩んでおり、これは永年にわたつて継続するものと考えられる。

このため労働能力を著るしく喪失し、原告は大正一〇年二月六日生れであるが、今後少なくとも三年間は、一日の労働能力喪失率は少なくとも金三〇〇円に相当する。よつて年五分の利息を控除したホフマン式により現純利益を算定する。

(四) 慰藉料 金三〇万円

原告は従来極めて健康に恵まれ、五人の子女と夫の世話にあたる傍ら、宗教的活動に積極的に参加していたが、受傷によつてすでに九〇日間も電気治療等を受け、売薬、温泉療法を試みるも依然として前記の後遺障害に悩まされ、その精神的、肉体的苦痛は極めて大きい。加えて被告らは受傷を当り屋的所為による傷害であると誹謗し原告の苦痛に追い打ちをかけている。

(五) 弁護士費用 金一五万円

原告は被告らの不誠意により本訴提起を余儀なくされ、原告代理人に着手金五万円を支払つたほか、第一審判決時に金一〇万円を支払うことを約した。

以上合計金八六万七、五四四円の損害金の賠償と、これから弁護士費用金一五万円を除いた金七一万七、五四四円に対する不法行為の日以降民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第二請求原因に対する答弁

一  請求原因第一項の事実中、事故の態様を除くその余の事実は認める。

二  同第二項の事実中(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。

三  同第三項の事実は不知。

四  原告の受傷はもつぱら原告自身の不注意に基くものである。

被告田村は創価学会の団体客を乗せて兎平バス停にいたつたところ、原告が手を挙げて停車を求めたので停止した。原告は「学会の者だが、水戸まで乗せてくれ」といいつつ勝手にステツプに足をかけてあがろうとしたが、「このバスは高萩地区のものだ」と告げられて、自己の属する日立地区学会員のバスではないことを知り、そのまま後向きの姿勢でステツプから地面に降り立つたのであるが、その際足もとに対する配慮を怠つた自らの過失により、地面につまづいてよろめき、転倒したものであつて、バスは発車していなかつた。

よつて被告田村には何らの責任もなく、又自動車の運行にもとづいて発生した事故ではないから被告会社にも責任がない。

(証拠関係)〔略〕

理由

一  本件事故の態様および原因について検討する。

〔証拠略〕を総合すると次の事実を認めることができる。

昭和四四年三月六日午前中、被告田村は創価学会貸切の五五人乗り大型バスにほぼ満席の乗客を乗せ、車掌小椋笑子を同乗させて、高萩市から水戸市へ向つて走行し、日立市会瀬町三の二五兎平バス停留所附近にいたつた。

原告は同日、創価学会の集会のため水戸市へ赴くため、日立市の学会員が乗車することになつている貸切バスが来るのを右停留所において長時間待つていた。

被告田村運転のバスが右停留所にさしかかつたとき、原告は手をあげて合図したため、被告田村は原告が乗車するものと思い右バス停を約一〇メートル過ぎたところに停車した。

被告田村運転のバスは前部運転席横に乗降口があり、扉は乗車口に向つて左側へ折りたたみ式で開扉する構造であり、車内へは二段のステツプがあり、三段目が車内床面となり、第一段のステツプは路面から約四〇センチメートルの高さがある。右バスが停止した場所の路面は歩道の段差などはなく平坦な舗装された場所である。

被告田村は停止し、路面がやや上り傾斜になつているため、サイドブレーキを引き、車掌小椋は乗降口のドアを開扉すると同時に第一段ステツプにおりた。原告は急ぎ足で乗降口から乗り込み、第二段ステツプまで立ち入つた。このときの原告の服装はセーター、スカートのうえに冬オーバーを着用し、ハンドバツクを持ち、踵の高さ約三センチメートルの中ヒールをはいており、当時の年令は四八才、体重は七六キログラムで肥り気味であつた。

原告は車掌小椋が開けた扉を背にして第一段目ステツプに立つつている前を通つて第二段ステツプに立ち、車内前部座席の学会員に自分の乗る車が来ないがどうしたのか、と尋ねたところ、後から来るからそれに乗るように指示された。原告はそのため直ちに右バスから降りようとしたが、このとき後ろ向きでステツプを降り、路面に降り立つと同時に、頭部をバスの前部方向或いは車体と直角に離れる方向にし、脚部をバスの後部方向或いはバスの乗車口の方向に向けて仰向けに転倒し、左側後頭部および背部を路面で強打した。このときバスは発車しておらず停止したままであつた。

二  本件においては、原告が降車し終らないうちにバスが発車したかどうか、原告が後ろ向きの姿勢でステツプを降りたか、前向きで降りたかについて証言や当事者本人の供述が喰違つているので、右認定に反する証拠について主要な証拠判断を述べる。

(一)  まず、原告が後ろ向きで降りたか、前向きで降りたかが、原告の転倒原因を考えるうえで重要である。原告本人尋問の結果によれば原告は前向きの普通の降り方で降りたというのであるが、原告が路面に転倒したときの状態が前認定のようであつたことについては、すべての証拠が一致しているのであつて、原告が仰向けに、脚を乗降口の方向又は車体後部方向へ向けて転倒したことから考えると、路面に降り立つとき原告はバス車体に身体の前面をむけ、つまり後ろ向きの態勢であつたことは殆んど疑いなく、原告本人尋問の結果によるように前向きで降りたときには、このような状態で転倒することはまず考えられないことから言つて、前記認定に反する〔証拠略〕は採用することができない。

(二)  次に原告が降車し終らないうちにバスが発進したかどうかについては、事故を目撃した証人下坂郁子、同関真弓は、原告が転倒したときバスは発進していたもののように証言している。しかし、右各証言を検討してみると、同証人らは原告の動静を終始観察していたものではなく、原告が転倒したときに異常に気付いたものであり、バスの動きと転倒との関係を明確に証言するものではない。又、同証人らは、原告の転倒後、車掌小椋がバスから降りて来ることもなく、バスは発車して去つたというのであるが、〔証拠略〕によれば同車掌は降車して、起き上つて停留所の方へ戻つた原告のところへ行つて一応声をかけ、大事にいたらなかつたことを確かめて乗車し、しかるのちに被告田村が始めてバスを発進させたというのであり、その間の状態についての証言を対比検討すると、小椋証言に具体性と臨場感があつて信頼し得るもののように考えられ、下坂、関証言は採用がためらわれる。

(三)  加えて、原告の降車完了前の発車がなされたかについても、いまいちど原告の倒転状態をみると、前認定のように原告は頭部をバスの前部方向(転倒をバス後部方向から見た証人下坂、同関の証言)或いは車体と直角に離れる方向(転倒をバス乗車口ステツプから見た証人小椋の証言)にして転倒したもので、少なくとも、脚部よりも頭部の方が車体後部方向には位置していなかつたことについては全ての証拠が一致している。とすると、まだ原告の脚が車体を離れる前にバスが発進したとすれば、原告はバスの進行方向に脚をすくわれる格好になるのであるから、そのようなことが原因で転倒するとすれば、頭部は脚部よりもバスの後部方向に位置するような状態で転倒する結果になるのが自然であると考えられるのでこの事実に徴しても、原告の転倒がバスの発進に原因するものとは考えられないのである。

(四)  〔証拠略〕によれば、原告は前向きの普通の姿勢で降車したというのであるが、この点は前述のように措信できないものであるところ、転倒の原因については、永年原告がバスを利用している経験から、バスが発進したこと以外に考えられないというに過ぎないのであつて、原告自身、バスが発進したことを確認し或いは明らかに認識し得たわけではない。この原告の認識の不確実さのほか、前認定の諸事実を勘案検討すると、結局、原告はバスから降りるに際して後ろ向きに路面に降りたため、着地が不確実であつたためか平衡を失うかしたために自らの動作の不注意で転倒したものと認められるのである。

三  以上認定のとおりであるから、原告が降車をし終る前にバスを発進させたことに注意義務違反があることを理由とする原告の被告田村に対する本訴請求は失当である。

原告の被告会社に対する請求についてみると、被告会社が被告田村運転の大型バスの所有者であり、これを自己のために運行の用に供していたものであることは当事者間に争いがない。そして、バスの乗降客取扱い中の事故は自賠法第三条にいう「運行」中の事故であるということはできる。しかしながら、運行供用者に対して同法による賠償責任を問うためには、運行と人の死傷との間に相当因果関係のあることが必要であるところ、前認定の事実によつてみれば、原告は自らの不注意によつて転倒し、負傷したものであつて、自動車の運行と負傷との間には相当の因果関係は認められない。してみれば、原告の自賠法を根拠とする被告会社に対する請求も理由がないものとして棄却を免れない。

以上のとおりであるから、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中昌弘)

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